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MEBUKI IP Small Talk 8月号(2023年)

目次

1.マドリッド・プロトコルに基づく商標の国際出願のメリットとデメリット(その1)

2.伊藤レポートの次は「知財の開示」 投資家理解への条件

3.高島城と吉良家と知財支援

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1.マドリッド・プロトコルに基づく商標の国際出願のメリットとデメリット(その1)                            パートナー弁理士 長谷川洋

 マドリッド・プロトコル(以後、「マドプロ」と簡略化する。)は、商標の国際出願を可能とする国際協定であり、2023年7月20日の時点で、114の国および機関が加盟している(注)。ここで、加盟団体に「機関」も含めているのは、欧州連合知的財産庁(EUIPO)やアフリカ知的所有権機関(OAPI)などの複数国が加盟している機関もマドプロに加盟しているからである。日本は、2000年3月14日からマドプロに加盟している。
 外国で商標権を取得する方法としては、権利を取得したい国やその国を含む機関に直接出願する方法と、マドプロに基づく国際出願を行う方法と、がある。最近、マドプロに基づく国際出願についての問い合わせが増えてきているため、マドプロを利用する場合のメリットとデメリットについてお話ししたい。今月は、メリットについてお話しする。

A.マドプロ利用のメリット
(1)権利取得希望国の数が多いほど費用が安くなる
 マドプロは、外国の代理人を介さずに出願できる。すなわち、お客様は、自らまたは日本の弁理士を介して出願可能である。このため、外国代理人費用が不要となり、コストメリットを享受できる。おそらく、お客様にとっては、これがマドプロの最大のメリットであろう。我々の経験上、外国代理人を介してその外国に商標出願を行う場合、国の種類にもよるが、外国知財庁の費用、外国代理人の費用および日本国内の弁理士費用を含めて一カ国あたり20~30万円ほどかかる。一方、マドプロを利用すると、一カ国だけの指定で25~30万円、二カ国の指定で35~45万円、三カ国の指定で40~50万円くらいかかる。一カ国だけで商標権の取得を考えるなら、マドプロを利用せずに、直接、その国に出願した方が安く済む。しかし、二カ国以上になると、マドプロを利用した方が安くなる。
(2)商標の管理が簡易になる
 マドプロに基づく国際出願を行うと、方式審査の後に問題がなければ、国際登録がなされる。この国際登録の日は、商標の存続期間(10年間)の始期となる。この国際出願は、その後、商標の実体審査を行う国から拒絶を受ける可能性もあり、国ごとに認容声明(登録許可通知に相当)がなされる時期が異なる。しかし、存続期間の始期は、出願人が指定した全指定国に共通となる。このため、商標更新の時期も全指定国で同一となり、商標権の更新期限管理が容易になる。
(3)出願後に国を増やすことができる
 マドプロに基づく国際出願後に、出願時に指定しなかった国を追加したくなった際には、容易に追加できる。これを、事後指定という。ただし、追加した国に関しては、その国は、事後指定の日を基準に、他人の出願との先後願を判断することになる。一方、商標権の存続期間の始期は、事後指定の日ではなく、国際登録の日となる。
(注) マドリッド協定議定書締約国一覧

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2.伊藤レポートの次は「知財の開示」 投資家理解への条件
                       顧問・弁理士 渡邉秀治

(1)日本経済新聞のウエブサイトに標記題目のコラムが載っていた(注1)。その中に次の記載がある。
 『ウチの技術は強いんです。参入障壁が高いんです』などと企業が投資家に話すだけでは、やはり理解を得られません。課題は、企業と投資家それぞれの時間軸の違いをどう乗り越えるか。企業は知財投資を10年の時間軸で考えることも珍しくありません。一方、投資家にとっては3年の時間軸でさえ十分な長期投資。お互いにうまく歩み寄る必要があります。・・・
 時間軸のギャップを克服するため、23年3月に公表した『知財・無形資産ガバナンスガイドライン』の第2版で開示に役立つ3つの要素を盛り込みました。それらは、①差別化の源泉となるビジネスモデルを示す『ストーリー』、②知財投資が企業収益に結びつく経路を示す『因果関係』、③投下資本利益率(ROIC)など経営指標と知財投資を結びつける『KPI』(重要業績評価指標)です」
(2)私はROICが分からず調べたら、Return On Invested Capitalの略称で「ロイック」と読むとのこと。 企業と債権者(銀行など)から調達したお金に対して、どれだけ効率的に利益をあげることができたかを測定する財務指標である由(注2)。計算式:ROIC=税引後営業利益÷投下資本(投下資本 = 有利子負債+株主資本)
(3)この記事(注1)の中に、ROIC経営の例としてオムロンが挙がっていた。「ROIC経営を徹底するオムロンは先進事例の1つです。同社は『ROIC逆ツリー』と呼ばれる分析の枠組みで、知財や無形資産の投資がROICなどと結びつく様子を説明しています」。そして図解されている。
注1:日本経済新聞コラム
注2:ROICとは?

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3.高島城と吉良家と知財支援
                       顧問・弁理士 渡邉秀治

 現在、知財窓口支援で、抹茶と煎茶を一度に飲める「湖盆点前」を世界で初めて行っている団体を支援している。昨年早々から現在まで20回弱ほど打合せをしている。団体会員の努力により、諏訪湖の近くにある高島城の隅櫓にて今年の4月から11月まで土曜日曜の11時頃から15時頃まで点前を開いている。順調ならば来年も開催予定。価格は1,300円/人。煎茶を飲み、次に抹茶といちどきに2種を楽しめる。当然、お茶菓子も。私の関与は今年一杯であるが大きく育って欲しいと願っている。
(1)諏訪湖の近くにある高島城は、江戸時代には諏訪の浮き城と呼ばれていた。諏訪湖が城の西側まで来ていて、その様子が葛飾北斎の富嶽三十六景の1つに表わされている。現在は、埋め立てが進み、高島城から諏訪湖まで800m前後、離れている。諏訪市作成の「高島城のすべて」によれば、「創建は1598年で城は諏訪湖岸の高島と呼ばれる島状地形に築かれた。築いたのは、1590年頃に諏訪地域を諏訪氏の代わりに領有することになった豊臣秀吉の家臣である日根野高吉(ひねの たかよし)。関ケ原の戦いの後、上野国総社(群馬県)に移っていた諏訪氏(諏訪頼水)が1601年に諏訪に復帰した」とのこと。
(2)諏訪市に八劔神社という元県社がある。この神社は元々は諏訪湖中にあった上述の高島の里に鎮座していたが、高島城築城に際し、諏訪市現地に遷座した。ここに「御枕屏風」という1664年に高島藩主の命により作られた、諏訪湖と高島城とその周りの村々を描いた屏風があった。諏訪市有形文化財であり、現在は、諏訪市博物館へ寄贈。「御枕屏風」には、高島城の詳細や諏訪大社の4つの宮(茅野市にある上社前宮、諏訪市にある上社本宮、下諏訪町にある秋宮と春宮)の状況も描かれている。なお、この八劔神社の宮司が最初に記した「湖盆点前」を世界で初めて行っている団体、の会長。
(3)高島城は、南から北に向かって、本丸、二之丸、三之丸と配置され、二之丸には初代頼水の弟から始まる家老(二之丸諏訪家)が、三之丸には藩主の私的な空間の御殿や家老の千野家(諏訪氏の古い分流)があった。しかし、現在の高島城は本丸部分のみがあり、次に述べる南之丸も含め無くなっている。
(4)本丸の南東側に南之丸があった。ここには、1592年に徳川家康の六男(庶子)として誕生し、1683年に死亡した松平 忠輝(まつだいら ただてる)が1626年から住んでいた。忠輝は、家康や2代目の秀忠から疎まれていた模様。南之丸はその後、罪人の預かり場所であった由。その中の一人が忠臣蔵で有名な吉良上野介(吉良 義央きら よしひさ / きら よしなか)の養嗣子(家督をつぐ養子)の吉良義周(きらよしちか)。彼は1703年に南之丸へ来たが、1706年(21歳)にて病死。墓は、諏訪大社上社本宮横の法華寺にある。毎年、命日に吉良家にゆかりのある人が集まり供養しているとのこと。なお最近では浅野家がらみの人も一緒に供養されていると聞いた。高島城に流されてきた吉良義周には降ってわいた災難で若死にしたこと故か?

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