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MEBUKI IP Small Talk 10月号(2020年)

目次

不法行為に対する懲罰的損害賠償について(その2)

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不法行為に対する懲罰的損害賠償について(その2)
                          パートナー・弁理士 長谷川洋

 先月号の概要
 先月号では、懲罰的損害賠償の認容判決の発祥国である英国では、1964年のRookes v. Barnard事件をきっかけに懲罰的損害賠償の認容要件が厳しくなり現在に至っていることをお話しした。今月は、懲罰的損害賠償大国の米国についてお話ししたい。

(1)米国における懲罰的損害賠償の歴史
 米国における最初の懲罰的損害賠償の認容判決は、Genay v. Norris事件(1784年)まで遡る。この事件は、医師(被告)が、口論相手の原告と偽りの和解をする際に、原告のワイングラスに多量の薬を入れ、それを原告に飲ませた結果、原告が激しい苦痛を受け、その後しばらく、薬の効果が残ったというものである。裁判所は、被告による著しく残忍な不法行為によって原告が激痛を受けたことと、被告が医師であったということを考慮し、原告が主張する懲罰的損害賠償を認めた(注1)。また、別の事件として、ある男性に婚約破棄された娘の父親が損害賠償を請求して懲罰的賠償の認容判決がなされたCoryell v. Colbaugh事件(1791年)が記録されている。当時、民事と刑事の分離(民刑分離という)がはっきりしていなかった米国では、懲罰的賠償は、無形の損害を補填するという意味合いが強いものだった。
 19世紀中頃から、米国では民刑分離が意識され始め、刑事で罰せられる者が民事でも金銭的に懲罰される「二重の危機」がそれを禁ずる憲法に違反するのではないかという問題が指摘され、「懲罰」とは何かが議論されるようになった。19世紀中頃~20世紀初頭までの判決を見る限りにおいては、懲罰賠償は、被害者による私的応報を意味していた。
 ところが、20世紀後半からは、懲罰賠償は、大企業による大規模な不正行為が散見されはじめ、私的応報から社会制裁へと変容していった。Grimshaw v. Ford Motor Co.事件(1981年)はその典型例である。この事件は、Ford社の車が後続車の追突を受け炎上し、炎上した車の運転手と同乗者が死傷し、被害者が損害賠償を求めてFord社を訴えたものである。裁判では、Ford社は、車の後ろから追突を受けたら炎上する危険性を知っていたこと、車を回収するより被害者が現れたら損害賠償をした方が安いと考えていたことが明らかとなり、被害者の懲罰的賠償請求が認められた。また、詳細は割愛するが、BMW v. Gore事件(1996年)も、懲罰賠償は、個人的制裁というより社会的制裁と解されている。ただし、この事件の判決は、懲罰賠償による社会的利益は、州内利益に制限されるという考えを示した点で画期的であった。
 さらに、State Farm v. Campbell事件(2003年)の判決以降、懲罰賠償額は、社会事情を考慮せず、あくまでも原告個人が被った損害との関連性で決めるというのが通例となり、現在に至っている。

(2)米国特許法の懲罰的賠償条項の変遷
 ここからは、話を特許権侵害に転ずる。特許権侵害に関わる懲罰的損害賠償については、米国特許法に規定がある。現在の米国特許法第284条には、特許権侵害における損害賠償について「裁判所は、認定又は評価された損害賠償額を三倍まで増額することができる」と規定している。しかし、1793年法および1800年法では、「三倍まで」ではなく、「三倍」と規定されていた。現法と同じ規定となったのは、1836年法からである(注2)。また、懲罰的損害賠償の要件として、故意や不誠実による侵害行為であることは米国特許法に明記されていない。しかし、「故意や不誠実」は、過去の判例の積み重ねから確立された。

(3)最近の判決から見た懲罰的損害賠償の認容要件の推移
 過去の判例から「故意や不誠実」が要件であることが確立されたものの、どういう場合に故意や不誠実が認定されるのか?最近の主な判決から認定の変遷を示す(注3)。
・Underwater Devices事件(1983年)
 連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、侵害を行う可能性のある者が他者の特許権を知った場合には、侵害を成しているか否かを判断するために相当な注意を払うべき積極的義務を負う、と判示。この判決により、弁護士に鑑定を求めることが事実上義務化されると解され、また、非侵害や特許無効の鑑定の開示は弁護士・依頼者間秘匿特権の放棄を意味すると解された。この判決は、いわば、懲罰的損害賠償を認容しやすくした。
・Knorr-Bremse事件(2004年)
 CAFCは、被告が弁護士鑑定を開示できない場合に被告に不利な鑑定であったのであろうとの推断を廃止した。この判決は、前述の判決の行き過ぎを改め、懲罰的損害賠償を難しくした。
・EchoStar事件(2006年)
 CAFCは、弁護士鑑定に依拠することにより当該鑑定の対象に関する弁護士・依頼者間の秘匿特権は放棄することになるが、弁護士から依頼者に伝えられなかったワークプロダクトの秘匿特権を放棄することにはならないと判示。この判決も、懲罰的損害賠償を難しくした。
・Seagate事件(2007年)
 CAFCは、特許権者等の権利者(原告)は、被告が特許権侵害を回避するために「相当な注意」を払わなかったことを単に立証するのではなく、被告側に「客観的な無謀さ」があったことを立証する必要がある、と判示。すなわち、この判決は、以下の2つの立証を原告に課す二段階テストを採用し、懲罰的損害賠償を難しくした。
(客観的要件)侵害者の客観的無謀さ(主観的要件)侵害の客観的リスクを侵害者が知っていたか、又は知るべきであったこと
・Halo事件(2016年)
 米国最高裁は、Seagate事件の二段階テストを否定し、客観的に見て無謀であるか否かに関係なく、侵害者の主観的故意性が損害賠償金額の増額を正当化する可能性はある、と判示(注4)。この判決は、主観的要件のみで懲罰的損害賠償が認められる可能性があることから、懲罰的損害賠償を認容しやくした。

(4)振り子のように揺れる米国特許権侵害訴訟における懲罰賠償
 上記(3)で紹介したように、特許権侵害訴訟における懲罰賠償の認容は、厳しくなったり、緩くなったり振り子のように揺れながら、現在では緩くなっている。米国でビジネスをする上では、懲罰賠償を避けなければならない。故意侵害のみならず、例えば警告を受けた後の不誠実な対応でも懲罰賠償の認容判決が出る可能性がある。米国の特許権を侵害している可能性に気付いたときには、まずは、米国弁護士(米国特許弁護士がより好ましい)に相談し、秘匿特権、その放棄の危険性なども含み、アドバイスをもらうのが良い。

注1: 吉村 顕真,アメリカ合衆国における懲罰的損害賠償の判例法史 -判例法史から見る「懲罰」の理論と課題-,青森法政論叢13号(2012年),p.1-p.19
注2: http://matlaw.info/SANBAI.HTM
注3: http://www.mofo.jp/topics/detail/000155.html
注4: https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Ipnews/us/2016/20160622.pdf

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