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MEBUKI IP Small Talk 8月号(2020年)

目次

1.海外での早期権利化可能な特許審査ハイウェイを利用した経験を踏まえ

2.知財雑記11

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1.海外での早期権利化可能な特許審査ハイウェイを利用した経験を踏まえ
                          パートナー・弁理士 長谷川洋

(1)特許審査ハイウェイ(Patent Prosecution Highway: PPH)は、同じ内容の特許出願に対し、各国が重複した先行技術調査および特許審査を行っていた負担を軽減するため、2006年に、日米間において試行プログラムとしてスタートした制度である。PPHは、他国の審査結果を利用して、審査軽減と審査早期化を達成しようとする制度といえる。このPPHの制度も、試行から既に14年が経過し、日本は、40以上の国・地域との間でPPHを実施している(注1)。
 PPHには、通常型PPH、PCT-PPH およびPPH MOTTAINAIの3種類が存在する。
 通常型PPHは、第1庁(先行庁)で特許可能と判断された発明を有する出願について、第2庁(後続庁)において簡易な手続で早期審査が受けられるものである。
 PCT-PPHは、PCT出願において特定の国際調査機関が作成した見解書等を利用して、他国知財庁にて早期審査が受けられるものである。
 PPH MOTTAINAIは、どの庁に先に特許出願をしたかにかかわらず、先に審査が行われた庁(先行庁)の特許可能との審査結果に基づき、後続庁において早期審査が受けられるものである。
 日本、米国、欧州特許庁、中国および韓国のいわゆる五大特許庁をはじめ多くの国は、上記3種類の全てのPPHを採用している。しかし、上記3種類の内の1または2種類を採用している国・地域もある(台湾、タイ、ベトナム、インド、アルゼンチンなど)。

(2)スペインの例(日本の特許査定⇒スペインでの通常型PPHの申請)
 前置きが長くなった。1~2年前、当方と三宅弁理士は、お客様の今後のビジネスを聞いたうえで、スペインでのPPHをお客様にお勧めし、スペインの代理人(女性)にPPHの申請を依頼した。お客様にとってスペインでの特許権の取得はビジネス上、非常に重要であるとのことであった。ちなみに、4年くらい前になるが、当方は、弊社の渡邉顧問と共に、スペイン北部のビルバオ市にある彼女の事務所を訪問している。
 お客様は、スペインへの移行手続に先立ち、PCT出願を日本に移行し、早期審査を経て、日本で早期に特許査定を得ていた。
 EPOの調査及び審査の質は、世界一といっても良い。当方は、EPOでの特許登録後にスペインで有効化手続をとった場合、日本の特許より権利範囲の狭い特許になるリスクもある、と考えた。スペインでより広い権利を取得する必要から、PCT出願からEPOへの移行とは別のルートで、かつ早期にスペインへの移行手続と通常型PPHの申請を行うことにした。なお、スペインの特許は無審査で付与されると思っている方も少なくないが、実は、スペインは、特許出願に対して実体審査を行っている。
 PPHの申請後、スペイン知財庁の審査官は、PPHに基づき早期に審査を行い、当方の予想に反して拒絶理由を発行してきた。しかし、指摘された部分は些細な点であったため、大きな支障はなく、お客様はスペインで早期に広い権利を獲得することに成功した。

(3)イスラエルの例(米国での特許許可⇒イスラエルでのPPH MOTTAINAIの申請)
 スペインに先立ち、別のお客様の依頼で、PPH MOTTAINAIをイスラエル知財庁に申請したことがある。お客様は、イスラエルでの審査着手前に、米国で既に特許許可を得ていたため、米国で許可された請求項をイスラエル知財庁に提示して、早期にイスラエルでの権利化を図る予定であった。
 なお、お客様は、過去にPCT出願からイスラエルに移行して権利を得ていたが、厳しい拒絶理由もない割には予想よりも権利化に時間がかかった経験をもっていた。
 今回は、イスラエルで、早期に、米国と同等の権利を取得することを目的に、PPH MOTTAINAIを申請した。しかし、残念ながら、早期かつ広い権利の取得という目的は達成できなかった。

(4)PPHの申請経験と経験者からの情報
 先に述べたスペインおよびイスラエル以外に、当方は、米国、カナダ、メキシコ、韓国、シンガポールを第2庁とするPPHを申請したことがある。スペインのように早期権利化につながった国もあれば、イスラエルのように必ずしも狙い通りの効果が得られなかった国もある。例えば、カナダ、メキシコおよびシンガポールでは、スペイン同様に成功した。一方、米国および韓国では、早期審査結果を得ることはできても、拒絶理由通知が発行された結果、早期でかつ広い権利化にはつながらなかった。PPH申請対象の発明が異なるから、異なる結果だったのかもしれない。しかし、国・地域によって効果が異なる可能性もある。
 欧州在住の日本弁理士さん曰く、ドイツや欧州特許庁へのPPHは意味がない。これらの国・地域の審査官は、自らの審査に自信をもっているために、むしろ、
拒絶理由を発行してやろうと考えている可能性がある。
 また、中国代理人曰く、PPHの申請有無にかかわらず、中国では最低一回は拒絶理由を発行することが常態化している。
 さらに、PPHの申請経験のある友人(日本弁理士)によれば、日本の審査を尊重してくれる東南アジア諸国では、日本の特許査定に基づくPPHを申請すると拒絶理由通知を発行することなく特許査定を出す場合が多い。しかし、米国およびEPOなどは、自国・地域の審査に自信を持っているため、日本の特許査定をあまり考慮しない、とのことである。
 PPHは、第2庁で早期かつ広い権利の取得を約束してくれるわけではない。しかも、PPHの効果の大小は、第2庁の国・地域がどこかによっても、大きく依存しそうである。PPHの申請の際にはかかる事項を頭に入れておいた方がよさそうである。

(注1) https://www.jpo.go.jp/system/patent/shinsa/soki/pph/index.html

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2.知財雑記11              弁理士 須澤修

はじめに
 ある新規事業が立ち上がって間もない時期に、新規事業責任者が知財部門に来た。「特許出願Aが特許されるのを楽しみにしていたところ、特許庁から特許するには拒絶理由があるとの通知を受けた。このままだと特許されない。業界で広く使われる可能性がある重要発明であり、是非権利化して欲しい。」とのことだった。
 知財部門責任者から担当を打診された。当該部門の知財担当者がいるため一旦断ったが、再度言われ引き受けた。権利化方法については一任してもらった。

権利化方法の検討
 特許出願Aの明細書は発明者が作成したもので、外部事務所は出願に関与していなかった。発明内容は詳しく書かれていた。具体的な言及は避けるが、特殊技術分野に関する発明だった。社内外を問わず理解できる人は少ないと思われる発明で、優秀な技術者による優れた発明だった。
 「公知技術から容易に発明できた」との拒絶理由であり、その対応は簡単ではないものだった。特許庁への応答期限は1か月を残すだけだった。

 このような状況下でどのようにしたら、拒絶理由を解消して旬な知財権(注1)を取得できるだろうか。
 特殊技術分野に関する発明であり、特許庁への応答期限も迫っていることから、この案件について適任弁理士がいたら、その人に依頼しようと考え、社内外を問わず、適任者を探した。社外については、この分野の特許公報を見て代理人をチェックしたり、口コミ等で探した。そうした中で、これまで会社が依頼したことがないX弁理士が適任候補者として浮上した。X弁理士の事務所を訪ね、事情を説明して、引き受けていただけるか打診した。コンフリクト(注2)等をチェックするとのことだったが、数日後に引き受けていただけるとの連絡があった。

権利化
 X弁理士に会社に来ていただき、特許出願Aの拒絶理由解消について打合せした。打合せすると、X弁理士は発明者と同等あるいは発明者以上にこの分野の技術について詳しかった。
 打合せ後、何日かして、X弁理士から対応案をいくつかいただいた。X弁理士と相談して、それらの対応案から1つを選び、事業部門の了解の下、特許庁に応答していただいた。
 その後、特許出願Aは特許された。他者から異議申立てされたが、却下され、特許が維持された。特許出願Aを分割した複数の分割出願についても、異議申立てされたものもあったが、異議は却下され、全てが特許され、強力な特許ポートフォリオが形成された(注3)。
(なお、特許出願Aについて旬な知財権取得の目処が立った時点で、別の案件をやるため担当を降り、分割出願の権利化等については、この事業の知財担当者に交代してもらった。)
 その後、この特許ポートフォリオの存在が、ある大手の会社に大きな打撃と与えたとの噂を聞いた。

その他
 特殊技術分野の難しい案件だった。日本の大学には講座がない分野だった。X弁理士も、発明者も共に努力家であり、優秀だった。両名とも、ほとんど独学で学んだのかもしれない。
 この発明者について言及すると、上記発明をしたことからも明らかなように、優秀な技術者だった。しかし、発明者は、事業運営も任されるようになったにも拘わらず、事業運営の立場ではその能力が発揮できなかったためか、突然、会社を去っていった。

 次回も「旬な知財権」について雑記する。

(注1)「旬な知財権」とは、時宜にかなった知財権の意味。正式な法律用語ではなく筆者が作った造語。例えば、市場の創出期、拡大期、全盛期等における知財権は、旬な知財権である。一方、市場が衰退し殆ど消滅した時期に取得した知財権は、旬な知財権とは言い難い。
(注2)「コンフリクト(Conflict)」とは利益相反のこと。例えば、P社とQ社とが競業等の利益対立関係がある場合に、P社の特許出願を受任しながら、同時にQ社の特許出願を受任すること。
(注3)特許出願を分割して特許権の数を増やすことによって特許ポートフォリオを形成する場合、特許後に分割が不適法とされ、特許が無効になる場合もあるので、分割には注意を要する。

※「知財雑記」は「雑記」であり、わかりやすさを優先させた記載ぶりとしていることをご了承いただきたい。

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