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MEBUKI IP Small Talk 5月号(2020年)

目次

1.新型コロナウイルス感染症の治療薬候補と特許

2.知財雑記9

3.特許庁が、自らの特許文献検索システムに関する特許・商標出願を実施

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1.新型コロナウイルス感染症の治療薬候補と特許     パートナー・弁理士 長谷川洋

 日本では、5月14日に、39県に対する非常事態宣言が解除された。残る8都道府県の非常事態宣言の解除は先送りとなった。人との接触機会を減らすことにより感染者を減らせることはわかったが、経済を動かしながら感染者をどのように抑えるかが課題となっている。この課題の解決は、PCR検査、抗原検査および抗体検査等の検査の拡充と、治療薬及びワクチンの開発の早期実現にかかっている。今月は、治療薬の中でも最有力候補であるレムデシビルとアビガンについて、特許を交えて紹介したい。

(1)レムデシビル
 レムデシビルは、5月4日の承認申請から僅か3日後の5月7日に、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療薬として日本で承認された。レムデシビルは、後述するアビガンと異なり、点滴薬である。レムデシビルは、元々、エボラ出血熱の治療用に開発されたが、どの国でも承認に至っておらず、臨床研究としてコンゴ民主共和国のエボラ出血熱患者に投与されているにすぎなかった(注1)。ところが、レムデシビルは、COVID-19の治療薬として一定の効果を有することがわかり、米国の食品医薬品局(FDA: 日本の厚労省に相当)にて緊急使用許可(正式承認ではない)が下りた。日本の承認は、米国での緊急使用許可に基づく特例的なものである。
 レムデシビルを開発したギリアド・サイエンシズ:Gilead Sciences Inc.(以後、ギリアド社という。)は、米国カリフォルニア州に本社をおくバイオ医薬品メーカであり、1987年の創立から33年のまだ若い企業である。しかし、ギリアド社は、創立以後、15社以上の医薬品メーカとのM&Aを積極的に行い、現在では、ベンチャー出身のバイオ医薬品メーカとして、米国のアムジェンと世界の一位、二位を争う企業となった(注2)。日本には、ギリアド社の日本法人がある。日本では、中外製薬(ロシュ・グループの傘下)から販売されているタミフル(登録商標)という抗インフルエンザ薬は、ギリアド社が開発した薬である。世界的医薬品メーカのロシュ(スイス)は、ギリアド社から特許ライセンスを受け、世界中にタミフルを販売している。
 レムデシビルの基本特許ともいえる物質特許の出願は、PCT/US2011/045102(WO2012/012776)である。この国際出願は世界24カ国に移行しており、一部の国では既に特許付与に至っている(例えば、日本:特許第5969471号、米国:US10065958B2)。ちなみに、ギリアド社は、WIPOのDBによると計600件を超える出願や特許を有する。
 ギリアド社は、レムデシビルに関し、上記物質特許の出願以外に少なくとも7つの特許出願を行っており、製法、用途、剤型などの物質以外のカテゴリーでの権利化も目指している(注3)。なお、用途発明については、日本では「物」として権利化を図ることができるが、米国では「物」での権利化は不可であり、「使用方法」として権利化を図ることになる。

(2)アビガン
 アビガンは、一般名称:ファビピラビルという抗インフルエンザ薬の登録商標である。アビガンは、先に紹介したレムデシビルと異なり、経口薬(飲み薬)であり、富士フィルム富山化学の前身の富山化学工業が開発した医薬品である。アビガンは、俳優・タレントの石田純一氏、脚本家の宮藤官九郎氏を含む有名人の回復に寄与した薬として大きくメディアでとりあげられた。
 アビガンの有効成分に関する日本の基本特許(特許第3453362号)は、出願から既に20年を超えているが、特許権存続期間延長出願により5年間延長され、最長で2024年8月18日まで存続する。ただし、延長された特許権の権利範囲は、クレーム記載の技術的範囲のように広くはない。延長登録のファイルによれば、権利範囲は、承認を得られていないために実施不可だった特定の範囲「新型又は再興型インフルエンザウイルス感染症(他の抗インフルエンザウイルス薬が無効又は効果不十分なものに限る。)」に限定されている。よって、上記特許のみでは、COVID-19用の治療薬を特許で保護できない。
 しかし、富士フィルム富山化学は、上記の基本特許の他に、別の特許権(特許第5583659号)も持っている。この特許権に係る発明は、有効成分の含有率が錠剤質量の50~95%であることを特徴の一つとする。COVID-19用の治療薬は、基本特許(特許第3453362号)では保護できないが、上記別の特許権(特許第5583659号)で保護されている。特許第5583659号の対応外国特許は、米国、中国、韓国など5か国と欧州特許が存在している。
 アビガンは、5月17日現在、厚労省の承認には至っていないが、政府の発表によると5月中の承認を目指しているようである。

(注1)https://wired.jp/2020/05/02/early-remdesivir-data-for-covid-19-is-finally-here/
(注2)https://cs2.toray.co.jp/news/tbr/newsrrs01.nsf/0/BD0CF87E708FB2B149258326004A9FD3/$FILE/sen_204_04.pdf
(注3)https://www.tokkyoteki.com/2020/03/remdesivir.html

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2.知財雑記9              弁理士 須澤修

 アイデア商品に関する旬な知財権について記載する(注1)。

はじめに
 知財部門責任者から会議に呼ばれた先には、アイデア商品事業部門関係者がいた。会議の議題はアイデア商品の特許保護だった。
 当該事業部門から、「開発したアイデア商品を、1週間後にプレスリリースし、同時に発売する。最終チェック段階で、特許については考えていないことに気付いた。アイデア商品を特許で保護し、模倣品が出たら排除して欲しい。」との趣旨の依頼があった。
 こちらからの「プレスリリース(及び発売)日程をもっと先に延ばせないか?」の質問には、「メディア等に予告済みであり、製造販売計画、運送・小売業者への手配等からして日程変更は無理」との返答が戻ってきた。

知財権の取得活動
 特許で保護するための要件
 このアイデア商品を特許で保護するためには2つの要件が必要となる。
 ① プレスリリース(及び発売)前、つまり1週間以内に特許出願する(なお、商標は出願済)。
 ② 模倣商品が出たら排除できる強い権利を取得する。

 地元や大都会にある複数の特許事務所に、上記2要件を担保する出願・権利化を打診したところ、全ての特許事務所に断られた。
 大都会にある大手特許事務所の所長からは、「何人かの所員に個別にあたったが断られた。そこで、所員全員を対象に公募したが、手を挙げる所員は一人もいなかった。そのような次第であり、申し訳けないが引き受けることができない。」との丁寧な断りの電話が入った。

 出願・権利化
 私はこの事業分野の知財担当ではなかったが、上記事情により出願・権利化を引き受けた。
 ①については、この仕事の関係者の協力を得ると共に、この仕事を最優先させた結果、プレスリリース(及び発売)前、つまり1週間以内に出願することができた。なお、出願に際し、「新規性喪失の例外規定」の適用を求めることは考えなかった(注2)。
 ②については、発明(考案)、意匠等を含めて検討し、複数の出願をすることとした。事業部門関係者とディスカスする等して、模倣品が出るとしたらどのようなものかを想定して出願書類を作成した。取得した権利は、後述するように、模倣品を排除できる強い権利だった。
 なお、海外出願もした。アイデア商品であり知財予算は限られていたけれども、模倣品を製造販売しそうな国を絞り込んで海外出願した。
 これらの複数の出願については、それらの権利化時期は同時ではなかったが、最終的には国内外で全て権利化することができた。

模倣品の排除活動
 模倣品の出現
 アイデア商品は世の中のトレンドにマッチし、話題性もあり、ヒット商品となった。しかし、しばらくすると模倣品が市場に出現しはじめた。複数種類あり、複数の国(複数の模倣品業者)からの輸入品だった。

 税関での輸入差止
 模倣品は全て輸入品であること、アイデア商品の流行は短期間で終わる可能性があり早期に市場から排除する必要があること等を考慮し、税関に対して知財権に基づく模倣品輸入差止申立てをして認められた。種々の模倣品は税関で輸入が差し止められた。
 一方、日本での民事訴訟はしなかった。この訴訟は、一般的に裁判期間が長く、仮に勝訴してもその頃には流行期が過ぎていて既に市場が縮小していること等を懸念したためである。なお、海外では、当該国における模倣品の製造販売を阻止するため、民事訴訟を提起した。

 最大手
 税関での輸入差止(水際取締り)により、模倣品業者の殆どは我が国への模倣品輸出をやめた。しかし、その後も、模倣品業者の最大手から我が国への輸出は続いた(これらも全て輸入が差し止められた)。こうした状況下、最大手から、その本社(海外)で折衝したいとの打診があり、そこに出向いた。有名な建物の最上階の部屋だった。

終わりに
 アイデア商品のように模倣されやすい商品を知財で保護するには、まず出願して知財権を早期に取得することが必要だ。そして、模倣品が出現したら、警告、民事訴訟等、さまざまな対応策があるが、模倣品が輸入品である場合には税関への輸入差止申立ても選択肢の1つだ。ケース・バイ・ケースでの最適な選択が必要だ。(注3)

 次回は悪戦苦闘した知財の仕事について雑記する。

(注1)「旬な知財権」とは、時宜にかなった知財権の意味。正式な法律用語ではなく筆者が作った造語。例えば、市場の創出期、拡大期、全盛期等における知財権は旬である。一方、市場が衰退し殆ど消滅した時期に取得した知財権は旬とは言い難い。
(注2)「新規性喪失の例外規定」とは、出願時に既に新規性を喪失している発明等であっても、一定要件下、新規性を喪失しなかったとする例外的な取り扱いを認める旨の規定(特許法第30条等)。「新規性喪失の例外規定」の適用を求めることを考えなかったのは、新規性喪失例外の規定新規性喪失の例外が認められても出願日は遡及しないこと、海外では認められない場合があること、例外適用を受けるための要件が当時厳格だったこと等の理由による。
(注3)税関での水際取締りと裁判所での民事訴訟との違いであるが、税関に対しては輸入(輸出)差止申立てをすることはできるけれども、損害賠償の申立てをすることはできない。その一方、裁判所での民事訴訟では差止の他、損害賠償等を請求することができる等の違いがある。

※「知財雑記」は「雑記」であり、わかりやすさを優先させた記載ぶりとしていることをご了承いただきたい。

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3.職務発明規程を考える        顧問・弁理士 渡邉秀治

 特許庁は、特許文献検索システムに関する特許・商標出願を行い、このたび、特許権を取得したとのこと(注1)。特許も商標も、出願人は特許庁長官。特許は、第6691280号であり、商標は、商願2019-103296「アドパス」と、商願2019-103297「ADPAS」と、国際登録番号 1492696「ADPAS」の3つ。国際登録の指定国は、中国(CN)、欧州連合知的財産庁(EM)、 韓国(KR)、米国(US)の3つ国と1つの領域。
 日本は、オンラインでの特許出願を世界で最初に行った国(1990年)。しかし、日本特許庁は、その時には特許取得はしなかった。その後、、韓国特許庁が1999 年、欧州特許庁及び米国特許商標庁が2000 年にようやくオンライン出願を開始した(注2)。
(注1)https://www.meti.go.jp/press/2020/05/20200511001/20200511001.html
(注2)https://www.jpo.go.jp/introduction/rekishi/document/125th_kinenshi/04_00.pdf

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