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MEBUKI IP Small Talk 5月号(2018年)

目次

1.オランダ特許出願は減縮補正せずに登録させるのが良い理由

2.AIやビッグデータの創薬活用のためのワークショップの様子についてのご紹介

3.ドイツの実用新案と選択発明について

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1.オランダ特許出願は減縮補正せずに登録させるのが良い理由 パートナー弁理士 長谷川洋

現在、オランダの特許出願は、短期特許を廃止若しくは中止しており、通常特許のみである。オランダに特許出願すると、オランダ特許庁がサーチするナショナルサーチ(庁費用:100 EUR)か、欧州特許庁がサーチするインターナショナルサーチ(庁費用:800 EUR)かのいずれかを選択する必要がある。オランダのArnold & Siedsma事務所のオランダ・欧州特許弁理士のArjen Hooiveld MSc.氏とMartin Luten氏によれば、オランダのみでの権利化を考えるなら、低コストのナショナルサーチを選択すべきであるという。

また、サーチの結果、特許性がないとの見解に対しては、出願人に補正の機会が与えられる。その後、サーチの結果と補正の有無にかかわらず、当該出願は無審査で登録となる。オランダの代理人によると、サーチの結果如何にかかわらず、補正しない方が良いという。日本人の感覚からすれば、サーチの結果が特許性なしで、補正もせずに特許権の設定登録がされると、はじめから特許性が無いことが明らかな権利となってしまい、競合他社の侵害行為に対する抑止効果が低く、かつ権利行使も困難ではないかと考えてしまう。

しかし、彼らに言わせるとそうではない。オランダでは、特許後の請求項の訂正に際し、権利範囲を拡大さえしなければ比較的自由に訂正できるようである。日本では、特許請求の範囲を拡大する訂正はもちろん不可だが、実質的に特許請求の範囲を変更する訂正も許されない。出願時の課題や解決手段から見て、違う方向になるような訂正は、たとえ特許請求の範囲を狭くする訂正でも、日本では認められない。このような厳しい訂正条件がオランダには無いとのこと。

そうなると、出願時の極めて広い特許請求の範囲をそのまま登録させ、競合他社の被疑侵害品が出てきたところで、その被疑侵害品に合わせた訂正をすることができる。これは、当方の個人的意見であるが、被疑侵害品が登場したときに、出願時に用意した広い請求項に加え、被疑侵害品に近い構成の下位請求項をいくつか訂正によって増やすのが良いと思う。訂正で追加した下位請求項は、出願当初の請求項に比べて狭くなっているので、競合他社が裁判で特許無効を主張しても、生き残る可能性が高いからである。

もし、サーチの結果が特許性なしの場合に、特許性を見出すように補正して登録してしまうと、それ以後、補正後の請求項をさらに狭くする訂正はできるが、広い請求項を作成する訂正はできない。これでは、被疑侵害品を訴追できない可能性がでてくる。ちなみに、オランダでは、ドイツと異なり、侵害成否と特許有効無効とは、同じ裁判所で判断される(シングルトラック)。

以下、ミーティングにて上記情報を提供いただいたオランダ事務所の名称とURLを参考までに記載する。オランダ事務所:Arnold & Siedsma(https://www.arnold-siedsma.com/

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2.AIやビッグデータの創薬活用のためのワークショップの様子についてのご紹介
                        BioMプロジェクトマネージャー 橋口恵

今回は、先日3月21日(水)にマックス・プランク学術振興会同窓会の仲間達2人とともに開催したAIやビッグデータの創薬活用のためのワークショップについてご紹介させていただきます。

AIに関する記事を毎日のように目にし、創薬やヘルスケア分野もAIによって大きく変わろうとしています。世界中の大手製薬企業がAIを創薬に活用して来ていますが、中小企業がAIを導入するのは困難な点が多く、導入自体に懐疑的な見方もあります。ミュンヘンのバイオテック・クラスターに属する企業は近辺の研究所や大学からスピンオフした中小企業がそのほとんどを占めます。3月21日のワークショップでは、普段AIやビッグデータを扱っていない中小企業や研究所や大学の研究者を対象に、AIやビッグデータの創薬活用についての概要の講演を提供することを目的としました。

クラスターに属する企業や近隣の研究所や大学の研究者や学生、グローバル企業であるベーリンガーインゲルハイムやロシュなども含め、総勢160名が参加しました。

テーマは、1. ヘルスケア分野におけるAIの概要 (講演企業: Syte Institute)、2. 個別化医療におけるAIの活用 (講演企業: SimplicityBio)、3. 創薬におけるAIの活用 (講演企業: Exscientia)、4. 臨床開発におけるAIの活用 (講演企業: Innoplexus)の4つで、最後に現状や今後の課題などについて話し合うパネルディスカッションを行いました。講演を行った企業は多くても70人程度の小・中規模の企業で、AIやビッグデータ を専門に扱い、製薬企業やバイオテック企業にサービスを提供しています。4つの講演では、各テーマ毎に、事例も交えたAIやビッグデータの創薬やヘルスケアへの活用の紹介がありました。例えば、顧客に関する大量のデータを保持する保険会社のためのAIを活用した経費節約案の提案、公共のデータベースを用いたデータマイニングによる臨床開発のサポート、特殊な癌におけるビッグデータを用いたバイオマーカーの探索など、どれも非常に興味深い話ばかりでした。個人的には、Exscientia社のde novoの創薬プラットフォームの話にとても感銘を受けました。

ただ、素人の個人的な感想ですが、創薬やヘルスケアにおいてAIの導入は進んでいるものの、未知・未開発の部分が多いという印象を受けました。パネルディスカッションの際には、ロシュのAI部門の専門家でさえ、「課題が多く、かつどう解決していけば良いのか分からない」という趣旨の発言がありました。これからも益々製薬やヘルスケア分野でのAIの活用が進むと思いますが、この現状も後数年で変わって当たり前のようにAIが全ての事業に浸透していくのでしょうか?AIによって仕事が奪われる、という議論も目にしますが、特に超高齢化社会が進行している日本では、AIの活用は将来的に必須のように思われます。日本では、昨年ライフサイエンス分野のためのAI・ビッグデータ技術の開発を目的とした産学連携コンソーシアム (LINC)が設立されたという記事を目にしました。ライフサイエンス分野だけではありませんが、今年の4月10日には、EU25ヶ 国が、協力してAIの導入を進めていくことに同意し、署名がなされました。

https://ec.europa.eu/digital-single-market/en/news/eu-member-states-sign-cooperate-artificial-intelligence

今後AIによって私達の生活がどのように変わるのか、怖さもありますが、楽しみでもあります。

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3.ドイツの実用新案と選択発明について  弁理士 三宅俊男

2018年3月28日にドイツおよび欧州特許弁理士であるマティアス・シェーファー氏が当所横浜オフィスを訪れ、ドイツと欧州における特許出願手続きに関する講演をしていただいた。シェーファー氏は、機械系の技術を専門とするドイツ人らしい実務的かつ精力的な方である。

特許の世界で、欧州特許庁(EPO)および欧州特許弁理士は、特別の存在。EPOは、世界で一番、審査能力が高く、質の高い特許を作り出すことで尊敬されている。我が国の審査官や弁理士も大きな影響を受けていると思われるが、その反面、EPOの手続きは、厳格でコストも高いことは有名。欧州統一特許制度の実現に向けて進化しているが、英国の離脱という、思わぬ出来事も生じている。

今回の講演では、EPOよりも、手続きが柔軟でコストも安いドイツの特許制度を紹介するのが目的であったが、技術分野や出願人のポリシーにより、一概にどちらが良いとは言えない。しかし、以下の点は非常に興味深く感じた。

まず、ドイツの実用新案制度は、我が国と同様に、無審査で簡易な発明(考案)を保護するものであるが、様々な欧州特許出願から分岐(変更)することができ、特許とは独立した保護が得られる。保護の対象も、物品のみに限定されず、方法以外の発明、考案が対象となり得る。例えば、組成物や用途発明も保護対象となるようである。独占権として権利行使も可能ということであり、使い方によっては競合他社牽制等の役に立つかもしれない。

一般的に、EPOよりも、ドイツ特許庁の方が手続きに柔軟性があり、ユーザーフレンドリーだということですが、特許要件の厳しさについては一概に判断できない。一例として、選択発明の取り扱いはEPOよりもドイツ特許庁の方が厳しいようである。後日、シェーファーさんに詳しく聞いたところ、選択発明には2つのカテゴリーがあるとのこと。1つは、複数の選択肢の中から1つの要素を選択する場合である。例えば、一般式で記載された化合物の特定の置換基がRとして上位概念で記載されている公知発明に対し、置換基Rを特定の構造としたときに公知発明から予想できない優れた効果を見出したような発明。他の1つは、いわゆるパラメータ特許において、より広い数値範囲の中からサブレンジ(sub-range)を選択した場合に、同じく予想できない優れた効果が得られる場合の発明。このような場合、EPOの実務では、以下の基準を満たすことを条件に、発明の新規性が認められる。

(1)選択された範囲が狭いこと、
(2)従来の範囲から十分に離れていること、
(3)選択された範囲に発明としての効果が有ること(審決T279/89)。

しかしながら、ドイツ特許庁の実務では、数値範囲の選択発明には新規性が認められない。つまり、先行技術に1~5という数値範囲が記載されている場合、ドイツでは、1、2、3、4、5のすべての数値が開示されていると認定されるので、その中の特定のサブレンジは、より広い先行技術の範囲から新規性がないとするものである。なお、最初のタイプの選択発明については、オランザピン事件という判決を契機に、EPOの実務との調和が図られた模様である。

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