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数値限定クレームを作成する場合の留意点

    

クレーム中に、数値限定を含めることは少なくない。ここでは、数値限定クレームを作成する上で留意すべき主な点を列挙して説明する。

1.明細書中に当該数値の臨界的意義を記載する

特許法第36条第6項第2号は、発明が明確であることを要求する。数値限定(その多くは、上限と下限がある)を含むクレームの場合、明細書中の記載から、当該数値の臨界的意義が認められなければ、数値限定クレームに係る発明は不明確なものと認定される。

ここで、臨界的意義とは、その数値の前後に作用・効果の程度に明らかな相違が有ることを意味する。臨界的意義を明記する場合、実施例中のデータにより当該臨界的意義を明らかに出来る場合は、それが最も望ましい。それが困難若しくはそれを好まない場合には、実施例以外にて、臨界的意義を記載する。

例えば、クレームにおいて比表面積の値が30~100m2/gである旨の数値限定を行う場合、「30m2/g」未満および「100m2/g」超は、クレームに係る発明の範囲外である。30m2/g以上および100m2/g以下の範囲に、当該範囲外と比べて特有の作用・効果が存在することを明確に記載する必要がある。

2.明細書中に2組以上の数値限定を記載する

出願当初の数値限定にて先行技術と差別化できれば良いが、審査係属中あるいは特許後の無効審判若しくは侵害訴訟において、当初の数値限定では先行技術との差別化ができない場合も生じうる。

例えば、先行技術文献中に「pH2~3」という記載があり、クレームに係る発明が「pH3~6」という数値限定を含んでおり、pH=3にて重複した発明が存在するため、特許性が無いという状況が生じたとする。このとき、もし、明細書中に、「さらに、pHが4~5が○○○の点から好ましい」という記載があれば、補正若しくは訂正によって、pHを4~5の範囲に限定し、先行技術の差別化を図ることが可能な場合も有る。pHが4~5が好ましい旨の記載が明細書中に示されていなければ、かかる補正あるいは訂正はできずに、特許の取得はできず、あるいは取得した特許の無効を逃れることはできない。

よって、将来の確実な権利化および安定した特許権の確保の点からも、数値限定は、2組以上用意するのが好ましい。

3.明細書中において数値限定の範囲外を否定しない

数低限定クレームを作成した際、明細書中において、当該数値範囲外を否定し、所望の作用・効果が低い若しくは無いと記載しがちである。例えば、上記1.と同じ数値限定の例で説明すると、「30m2/g未満では、触媒能が低い」、「100m2/gを超えると、粉末の取り扱いが極めて困難になる」という否定的な記載を有する明細書も少なくない。 しかし、これは、次の3つ理由から、あまりお勧めできない。

1つは、出願後に、比表面積が30~100m2/g以外の範囲でも権利範囲に含めたくなる場合に、上記否定的な表現がその障害になるからである。出願人自らが30~100m2/gという範囲内しか好ましくないという意思表示をしているからである。

2つ目は、将来の侵害訴訟における均等侵害の認定の際、上記表現が存在すると、30~100m2/gの数値範囲外は、一切、特許権の効力が及ばなくなる可能性が高くなる。後述するように、数値範囲には均等が認められない傾向があるため、上記否定的な表現が存在しなくとも、均等侵害が成立する可能性は低い。しかし、上記否定的な表現は、さらにその可能性を低くする。

3つ目は、PL問題につながる可能性があるからである。製品の悪い点を明細書中に記載すれば、将来、その製品が消費者に悪影響を与えた際、明細書の記載を根拠に、製造物責任を問われる可能性もあるからである。 なお、主クレームに数値限定を含まず、従属クレームに数値限定を含む場合には、絶対に、その数値範囲外を否定的に記載してはならない。それは、その数値範囲外も含む主クレームを否定することになるからである。

以上より、数値限定を含むクレームを作成する場合には、その数値限定の範囲外を否定するのではなく、その数値範囲内がより好ましいと肯定的な記載に努めるのが好ましい。

数値限定クレームを作成する前に、本当に、数値限定が必要かどうかを再確認するべきである。 もし、主クレームに数値限定を含めようとするなら、なお更である。均等侵害成立の5要件が確立された以後の特許権等侵害事件では、著者の知る範囲では、数値限定クレームの数値に均等が認められていないからである。ここでは、その一例を紹介する。

防波堤用異形コンクリートブロック事件(平成15年(ワ)16055、東京地裁、平成16年5月28日判決)

(1)原告は、防波堤用異形コンクリートブロック及びその製造方法の特許権(特許第3291810号)を有する特許権者である。問題となった特許発明は、以下の構成要件A~Iに分節される。

A セメントペースト100重量部と細骨材100~450重量部と粗骨材150~500重量部との混練物の硬化体からなる防波堤用異形コンクリートブロックであり
B 上記硬化体の比重は2.4~2.6であって
C 上記セメントペーストの水セメント比は0.4~0.6
D 上記細骨材の内訳は砂10~90重量%,酸化鉄系鉄鉱石90~10重量%からなる
E 上記酸化鉄系鉄鉱石の粒径は5.0~0.1mm
F 上記酸化鉄系鉄鉱石の比重は2.9~5.0
G 上記粗骨材は砂利からなり,
H 上記セメントペーストと上記細骨材からなるモルタルの比重が2.1~2.56である
I ことを特徴とする防波堤用異形コンクリートブロック

(2)一方、被告の被疑侵害品は、以下の構成a~iから成る。

a セメントペーストと細骨材と粗骨材との混練物の硬化体からなる防波堤用異形コンクリートブロックであり
b 上記硬化体の比重は2.55であって
c 上記セメントペーストの水セメント比は0.54
d 細骨材に含まれる酸化鉄系鉄鉱石の粒径は8.0~0mm
e 上記酸化鉄系鉄鉱石の比重は4.8
f 上記粗骨材は砕石からなる
g ことを特徴とするコンクリート

本件には、いくつかの争点があるが、その一つに、被告製品は構成要件Eを充足するか否かという争点がある。

(3)裁判所の判断
裁判所は、構成要件Eの「酸化鉄系鉄鉱石の粒径は、5.0~0.1mm」は、文言どおり、細骨材を構成する酸化鉄系鉄鉱石の粒径が5.0ないし0.1mmであることを要するものと解釈されるところ、被告製品の構成dは、「酸化鉄系鉄鉱石の粒径は8.0~0mm」であるから、被告製品は構成要件Eを充足しない、と判断した。

原告は、「細骨材」の一般的定義が「10mm網のふるいを全部通り、5mm網のふるいに、質量で15%以下とどまる」粒径の骨材であることを根拠に、構成要件Eの「酸化鉄系鉄鉱石の粒径は5.0~0.1mm」を「酸化鉄系鉄鉱石は、10mm網のふるいを全部通り、5mm網のふるいに、質量で15%以下とどまる」と解すべきであると主張した。しかしながら、裁判所は、構成要件Eが「酸化鉄系鉄鉱石の粒径を5.0~0.1mm」とすることを要件としているのであるから、本件特許発明においては、酸化鉄系鉄鉱石からなる骨材については、5.0~0.1mmという粒径を満足することを要件としているというべきである、と判断した。

また、原告は、構成要件Eが酸化鉄系鉄鉱石の粒径を5.0~0.1mmと規定しているのは、酸化鉄系鉄鉱石が細骨材であることをいうものであって、粒径が5.0mm以下であることに意味があるものではないと主張した。しかし、裁判所は、①本件特許発明において、細骨材として扱われている砂については何ら粒径の範囲を規定していないことからすれば、酸化鉄系鉄鉱石については細骨材の一般的定義とは別途にその粒径を特定していると解されること、②乙1によれば、本件特許発明の補正前の明細書においては,酸化鉄系鉄鉱石は細骨材としてだけでなく粗骨材としても添加されており、両者の粒径はそれぞれ「5.0~0.1mm」,「40~5.0mm」と区別されていたこと、からすれば,構成要件Eにおける,酸化鉄系鉄鉱石の粒径が5.0~0.1mmであるとの規定は,粒径を「5.0~0.1mm」という具体的範囲とすることを規定していると解するのが相当であって、当該範囲の規定が、一般的な「細骨材」の大きさの定義、すなわち「10mm網のふるいを全部通り、5mm網のふるいを質量で85%以上通る」という定義と同義であると解することはできない、と判断した。

(4)考察
この事件は、純粋に数値限定を厳格に解釈して構成要件の非充足を認定した例ではない。したがって、仮に、被告製品の構成が特許発明の構成要件Eに近似する数値範囲を含む場合、それでもなお構成要件Eを充足しないという認定がされたかどうかは定かではない。通常、測定誤差、有効数字の範囲を考慮して数値限定への属否を認定する実務からすれば、数値限定の範囲外に全く権利を及ぼす余地が無いとは言えない。

しかし、数値限定は、均等要件の成立判断の際、特許発明の本質的部分に含まれるように解釈されることが多い。包装ラベル付き細口瓶事件(平成15年(ワ)第6742号、東京地裁、平成16年3月5日判決)を例に挙げる。原告の登録実用新案を構成する複数の構成要件の内、「縦方向の100℃における収縮率が45%以上であり、横方向の100℃における伸縮率が10%以上である熱収縮フィルムの」という構成要件には、「100℃」という数値限定があった。原告は、本考案の本質的部分について、「収縮率要件の本質は、細口瓶に巻き付ける前に印刷温度によって実質的に収縮することなく、印刷加熱温度よりも高い温度条件にて、特定の異方性を示す点にある」ことを主張し、100℃という温度は本質的ではないことを主張した。これに対して、裁判所は、クレーム中に「100℃」という文言がある以上、100℃で測定された実験値のみを採用すべきである旨、「縦方向の100℃における収縮率が45%以上」という要件は本件考案の本質的部分である旨、認定した。このことは、数値限定という明確な表現について、均等侵害の認定の場において、それを除外し、あるいはその数値に一定の幅を設ける解釈はなされにくいことを示唆している。このことから、できるだけ数値限定の無いクレームの作成を心がけ、どうしても数値限定を要するクレームについては、慎重にその数値を設定すべきである。