存続期間延長登録された特許権の効力

存続期間延長登録された特許権の効力

-オキサリプラチン事件知財高裁大合議判決(2017年1月20日判決言渡)-

1.存続期間延長登録制度

特許法は、医薬品医療機器等法(旧薬事法。以下、「薬機法」という。)による医薬品又は再生医療等製品の製造販売承認、あるいは農薬取締法による農薬に係る登録といった政令で指定する許可等の処分を受けることが必要であるために特許発明を実施できない期間が存在するときには、5年を限度に特許権の存続期間を延長することを認める(法第67条第2項)。

2.存続期間延長登録出願の審査基準改訂のきっかけ

パシーフカプセル30mg事件最高裁判決(平成23年4月28日判決)及びアバスチン事件最高裁判決(平成27年11月17日判決)は、それまでの特許権存続期間延長登録出願の審査実務を変更するに至る重要な審決取消訴訟の終審判決である。アバスチン事件の原審知財高裁は、延長登録出願の拒絶をする場合には、

①「政令で定める処分を受けたことによっては、禁止が解除されたとはいえないこと」(第1要件)、又は
②「政令で定める処分を受けたことによって禁止が解除された行為がその特許発明の実施に該当する行為には含まれないこと」(第2要件)

のいずれかを選択的に論証することが必要になるとし、さらには、第1要件は薬機法による医薬品の審査事項の各要素を形式的に適用して判断されるのではなく、存続期間延長登録制度の法趣旨に照らして実質的に判断すべきと判示した。最高裁はこれを支持した。
この結果、用法・用量のみが異なる先行処分と後行処分がある場合でも、後行処分に基づく存続期間延長登録が認められることになり、1つの特許権であっても、従来に比して数多くの存続期間延長登録が生じ得ることになる(延長登録の乱立)。
アバスチン事件では、知財高裁は、傍論ではあるものの、延長登録された特許権の効力についても触れたが、その上告審の最高裁は、特許権の効力範囲については知財高裁の判決をそのまま支持しておらず、明言を避けた。この結果、乱立する各延長登録された特許権の効力が、完全同一の医薬品等に対しては当然効力が及ぶとしても、どの程度まで近似する医薬品等にまで効力が及ぶのかが課題となった。

3.延長登録された特許権の効力範囲に踏み込んだ判決

(1)原告特許のクレーム

 オキサリプラチン事件知財高裁大合議判決(平成28年(ネ)第10046号、2017年1月20日判決)は、存続期間延長登録後の特許権の効力範囲に踏み込んだ最初の控訴審判決となった。ただし、この判決では、非侵害の理由が延長登録の有無に関係のないものであった。問題となった特許第3547755号の請求項群の内、請求項1のみを以下に記載する。

【請求項1】
濃度が1ないし5mg/mlでpHが4.5ないし6のオキサリプラティヌムの水溶液からなり、医薬的に許容される期間の貯蔵後、製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり、該水溶液が澄明、無色、沈殿不含有のままである、腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤。
本件処分対象物のエルプラット点滴静注液は、オキサリプラティヌムと注射用水のみからなる水溶液である。被告の被疑侵害品は、これに、オキサリプラティヌムと等量のグリセリンを加えたものであった。

(2)東京地裁(第一審)の判断

第一審は、被告の被疑侵害品(以後、「対象製品」と読み替える場合もある)は、安定剤としてグリセリンを含有するものであるため、本件処分対象物と成分が異なることを説明した上で、グリセリンはオキサリプラチンの自然分解を抑制するとの新たな効果を有するため、本件処分対象物の均等・実質同一物にあたらないと判示した。

(3)知財高裁の判断

一方、控訴審の知財高裁は、本件処分対象物と被疑侵害品との対比ではなく、本件特許の技術的範囲と被疑侵害品との対比を行い、均等論をもってしても被疑侵害品はそもそも本件特許の技術的範囲に属さない、と判示した。その大きな理由は、ファイルラッパーエストペルを根拠とした均等侵害要件の不具備である。これは、特許出願の審査において、出願人は、出願に係る製剤はオキサリプラティヌムと注射用水のみからなる水溶液であって他の添加成分を含まないとの主張により引用文献に開示される技術との差別化を図っているとの判断である(その真偽には批判もある)。非侵害の理由は、第一審と第二審で異なるものの、結論は同じである。

(4)延長登録された特許権の効力範囲に関する知財高裁の考え

知財高裁は、延長登録の原因となった処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」に基づいて当該延長登録された特許権の効力範囲を決める旨を示し、先に説明したアバスチン事件知財高裁判決の考えに沿う。加えて、知財高裁は、アバスチン事件知財高裁判決でいう「均等物や実質的に同一と評価される物」に関しては、「実質的に同一」とのみ称し、均等論の考え方に必ずしも拘泥しない考えで特許権の効力範囲を論じた。知財高裁は、被疑侵害品が政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」と実質的に同一なものに含まれる類型を以下のように挙げた。
今後、これら類型は、延長登録後の特許権の効力が政令の処分で特定される物からどの程度の範囲まで拡大されるかの一つの基準になると思われる。

① 医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明に関する延長登録された特許発明において、有効成分ではない「成分」に関して、対象製品が、政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等しているような場合
② 公知の有効成分に係る医薬品の安定性ないし剤型等に関する特許発明において、対象製品が政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等しているような場合で、特許発明の内容に照らして、両者の間で、その技術的特徴及び作用効果の同一性があると認められるとき
③ 政令処分で特定された「分量」ないし「用法,用量」に関し、数量的に意味のない程度の差異しかない場合
④ 政令処分で特定された「分量」は異なるけれども、「用法、用量」も併せてみれば、同一であると認められる場合

4.私見

特許権の存続期間延長登録制度は、日本のみならず、米国、欧州、韓国にも存在し、共通点もあるが異なるところもある。例えば、米国および欧州では、1回に限り延長登録を認めるが、日本では処分に応じて複数回の延長登録が可能である。しかも、アバスチン事件最高裁判決以後、延長登録がより多くなると予想される。また、米国では、農薬は対象外であるが、医療機器、食品添加物、着色剤は対象となる。そして何よりも、米国の1回に限り認められる延長登録では、特許権の効力は処分対象になった物には限定されるが、その用途には限定されないので、効力範囲は日本より当然広くなる。日本は、処分に応じた多くの延長登録を認めることと、各延長登録による特許権の効力範囲の広狭とを完全に分離しない限り、狭い効力範囲の延長登録がたくさん存在することになり、米国に比べて権利侵害の有無が非常に複雑な状況になると予想される。

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